「つくる」ことを楽しむ「ナヤ・ミュージアム」(2006.2.12)
   登録有形文化財兒山家住宅 兒山 万珠代

 近くの竹藪の竹を伐ってきて、竹を割り、シュロ縄で壁の下地の竹木舞(たけこまい)を編む。納屋や土塀の剥落した土に、押し切りで切った藁と水を混ぜる。1〜2か月寝かせる。色も変わり、粘り気が出てくる。その土をコテ板に取り、コテで塗っていく。時には小学生も加わり、長靴をはいて土を踏むのは彼らの得意ワザ。落ちた土がみるみる土壁になっていく。みんなで汗を流し、81歳の母が用意した素麺を食べるのも楽しみ。これが、この2年間の月末の土曜日・日曜日の風景。登録文化財兒山家住宅ナヤ・ミュージアムの活動の1コマです。

 私の家兒山家住宅は、旧市内と泉北ニュータウンの間の堺市内では数少ない田園風景が広がる陶器北にあります。「陶器」の地は、「日本書記」に「茅渟県陶邑」と記されており、須恵器の一大生産地でした。兒山家のルーツは、栃木県の小山(おやま)氏ですが、慶長の頃から、この地に住み、江戸時代は大庄屋・代官を務めました。兒山家住宅は江戸時代後期に分家し、200年くらいになります。台所・お風呂・トイレなどの水回りは近代的に改装していますが、ほとんど昔のままの建物で生活しています。以前、海外の方のホームステイ受け入れボランティアをしていたのですが、「サムライが出てきそう!」と驚かれます。当たり前のように暮らしてきましたが、開発の波で、2001年に隣接する本家―桃山時代の床の間があった―が、壊されマンションになりました。そんな折、堺市から、国の登録有形文化財にという申し出があり、私も残していきたいという思いが強かったので、同意しました。しかし、従来の指定文化財とは違い、規制は少ないですが、公的な補助はほとんどありません。単に保存するだけではなく、伝統的建造物の良さを地域の人達にも知ってもらい、活用していく道はないかと模索していました。地域で文化活動をしている人達の協力でピアノやお琴のコンサートなども実験的にしていました。

そんな中、隣家の開発を目の当たりにした近隣の主婦の方から「建物は所有者の物でも、これを構成する景観はみんなのものだから、この家を残して欲しい。私たちにも何かお手伝いできることはないですか?」といううれしい言葉がありました。その一声から、納屋や外蔵の掃除が始まりました。納屋や蔵に電気もつけました。兒山家の文明開化です。最初は埃だらけで、鼻の穴まで真っ黒にして、「他人様にこんなことしていただいていいのかしら?」と思うほどでしたが、みなさん「楽しい」と言ってくださいます。「お宝」というような物はありませんが、当時の生活がしのばれるような農具や生活用具など実際に手に取り、先人の生活に思いを馳せます。ボロボロの行灯は紙を張り替え、電気をつけて補修したり、へっついさん(竈)で、伝統食の茶粥を炊いて、昔の什器に盛りつけたりとの楽しむこともみんなで考え出しました。月2回、数人で続けてきました。

それを発展させたのが、2004年から本格的に始めた「ナヤ・ミュージアム」つくりです。堺市の博物館でのお仕事の経験もある中井正弘さんが代表になって、その企画と指導で、見るだけではなく、「作って楽しいミュージアム」の活動をしていまです。今、ボランティアとして参加している様々な職業の人、主婦、学生など大人から子供まで、みんなが作り手になって、学んでいこうというものです。文字通り「納屋」を使っていることと、中世堺の繁栄を支えた「納屋衆」の自治の心意気で作っていこうと「ナヤ・ミュージアム」と名づけられました。主屋は私たち家族の生活の場ですが、それ以外の納屋、門長屋、外蔵がミュージアム活動の場です。展示テーマは@須恵器の里 A近世〜近代の農業と生活 B大美野田園都市開発と西野文化村 C泉北ニュータウン開発 D陶器川流域の自然と環境の5つを設定しています。「つくる」と言うのは、展示計画や資料台帳作りだけではなく、実際の大工仕事までしています。冒頭の土壁塗りもその一例です。数年前から、私は、京町家の職人さんのお話を聞く会に参加していました。家の修理をするにしても、自分に知識がないと大工さんに注文一つできません。本葺きの瓦を捨てられて、残念な思いもしました。文化財修復の専門家に頼むと莫大な費用がかかると想像だけで不安がっていても始まりません。そこで、少しでも知識を増やし、良い職人さんに出合えればと、勉強会に参加しました。大工、左官、建具、畳、瓦、庭など。そこで、土壁のワークショップに参加してみて、これなら自分でできるのではと思いました。土塀の「ねこ」積みや荒壁は近所の年配の方たちもやったことがあるとなつかしそうに言われます。シックハウスもなく、エコロジーそのものです。そこで、近所の大工さんに教えてもらい、兒山家住宅でも土壁塗りを始めました。建築家や先生やコンピュータの仕事をしている人などいろいろな人が興味を持って集まってくれました。左官勉強中の人も加わりました。伝統技術がこのようにして伝えていけたらと、「ナヤ・ミュージアム」でもワークショップとして続けています。

現在の活動をまとめてみると、

(1)第2・第4(水)1:00〜4:00 資料整理・掃除と展示作業。雛祭りや葭戸(よしど)の入れ替えなどの年中行事。

(2)月末(土)(日)9:30〜4:00 土壁塗りワークショップ。昨年は土間三和土(たたき)をしましたが、今年は2/19(日)に土壁の上に張る焼き板作りに挑戦します。

(3)精華高校環境福祉コースの清掃ボランティアの受け入れ。府立堺東高校「堺学」および探求講座「ミュージアムを作ろう!」の授業。

(4)「市民学芸員講座」 ミュージアムづくりに参加しているメンバー自身が知識を深めることと、一般の方にも参加していただく機会として、年に数回開催しています。調査・研究をしていく力もつけていきたいと思っています。

夏に高校生が実習にやって来て、家の土間に入るなり、「涼しい!」の声が聞こえてきました。唐箕や唐臼など昔の農具をスケッチして、資料台帳を作っています。掛け軸の掛け方や扱い方の実習は昔から家にあるものを使いました。座敷に入るときは、ちょっと緊張しています。次の世代の人達に伝統的建造物の良さや自然環境を頭だけではなく、実際に体で感じ取ってもらい、これからのまちづくりを担っていって欲しいと願い、授業に取り組んでいます。ちょうど、隣家が取り壊されている最中に、イギリスの13歳と15歳の少年が来ていました。はっきり、自分の意見として「だめ」と言い、そして、イギリスでは考えられないことだと言っていました。携帯を持って、ロンドンの町へガールフレンドと出かける普通の少年です。小さい時からの教育と環境だと思いました。そして、国の姿勢。ヨーロッパでは町並みを考えて、家が建てられています。歴史的建造物も中は機能的に改造して、所有者が変わっても代々大事にしています。

 昨年9月「大阪府登録文化財所有者の会」が設立されました。昨年9月現在、国の登録有形文化財は全国で約5,000件、大阪府で324件です。歴史的景観、文化やまちづくりの情報発信、情報交換を目指しています。登録文化財は外観を大きく変えなければ、改修は自由なので、レストランなどにして、活用している例もありますが、大半は住宅なので、屋根をはじめ、維持のための修理費・税金は、所有者の悩みの種です。我が家も同様です。 一方、「ミュージアムつくり」もボランティアの方の力はいただいているとはいえ、材料費や専門家に依頼しなければならないこともあり、その費用などの捻出に苦労しています。公的な助成制度があればと思います。国の登録文化財に対して、国から市町村に地方交付税がおりてきますが、一般会計に入るので、所有者にはもちろん入りません。所有者に入ってこなくても、せめてそのお金が市の文化財行政に直接する反映する様な仕組みがあればと思います。 昨年1月、伝統的工法での土間の三和土ワークショップを「街づくり夢基金」の助成を受けてすることができました。生活協同組合エスコープ大阪の基金で毎月組合員が一口100円ずつ拠出した大事なお金です。これも市民の力です。「心意気」です。

ボランティアのネットワークも少しずつ広がってきました。私自身が、からだを動かして、やってみることが好きです。これからもナヤ・ミュージアムをフィールドにいろいろな人が自分の持っている力を発揮していただける場を充実していきたいと思っています。将来、実習室予定の納屋では、縄綯い機や唐臼も実際に使えるようにして、体験してもらおうと考えています。まわりの田畑で、農作物を育てることなど、夢は広がっていきます。

そして、もう一つこだわっていることは、家は住んでこそ家だということです。落ち葉の掃除も大変ですが、庭の草木に季節を感じられます。雨漏りもすぐに見つけて、家に手をかけてやれます。日々の生活、季節ごとの室礼、そして、雛祭り、竈を使っての餅つきなどの伝統行事と、家の中で営まれることを建物と共に大切にしていきたいと思っています。

なお、「ナヤ・ミュージアム」は、現在、見学だけの公開はしていません。作り手として参加ご希望の方はお問い合わせ下さい。masuyo_koyama@ybb.ne.jp

「大阪春秋」 No.122 平成18年春号 「堺特集」より許可を得て転載



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